Sustainable
Tourism

つきない
海藻への興味。

鳥羽市小浜町勤務海藻博士

岩尾豊紀 / Toyoki Iwao

profile
1977年、三重生まれの大阪育ち。三重大学大学院生物資源学研究科博士 後期課程単位取得退学後、2011年学位を取得し、鳥羽市水産研究所に就職。養殖用わかめ、黒のり種苗の生産管理、海藻植生のモニタリングや海洋教育などを担う。

海藻に心を掴まれて、この道へ

三重大学の生物資源学部が面白そうだと思って入学しました。もともとサバンナにポツンと生きているような大型の哺乳類が好きで、海への興味関心はなかったものの、海洋生物学を履修していたので実習で海に行く機会がありました。そのとき静かな海の中で海藻が揺れているのを見て、一瞬で心を掴まれてしまったんですよね。陸上の動物や植物とは違う美しさから目が離せず、海のことを続けていこうと決めるきっかけになりました。

ちなみにそれは「カジメ」という海藻です。僕はそんなには泳げなかったし、そこは初めて行った海だったのもあって少し怖くて、そんなときに青緑のカジメがゆらゆらざわめいている姿が本能的に突き刺さってきて。僕はドキドキしているのに、そんなことはお構いなしでただそこに在る様子にぐっと来ました。例えば星空もきれいですが既にさまざまな知識を持って見ているので、体感的な感動は小さい。海はノーマークだったので、うわーっとなったんですよね。だからいまでも僕の中で「カジメ」はちょっと特別な存在です。扱う手つきも丁寧になっちゃたり(笑)。

卒業後は一度東京の香料メーカーに就職しました。バイヤー部門に配属されたので商品の知識を得るために、花や果物などについて調べていたのですが、図鑑の読み方がどう考えても研究者のそれなんですよね。自分にはやっぱりその道が向いていると思ったので、1年で退職してドクターコースに戻りました。やり残していた海藻の研究などに7年間没頭して、学位を取ったのが33歳です。ちょうどその頃、伊勢志摩海域特有の海藻の研究で鳥羽に来たときに、鳥羽市水産研究所の前任者に就職のお声がけをもらいました。ここでしっかり海を思い知ることは、いつかオリジナルの研究を手がけるときにもプラスになると考えたことから2011年に就職して、10年が経ちます。

施設の大半を使って、養殖用の種苗を作っている

漁師とともに、漁法を進化させたい

最初の3年は研究のけの字もありませんでした。ロープの結び方やアンカーの降ろし方、筏の設置の仕方などを覚えるのに精一杯です。鳥羽市水産研究所では、養殖用のわかめやのりのための「種苗」を作っているのですが、それも理論を知っているだけで実際にはよくわからなかったし、基本的なことを身につけるのに3年かかりました。あとは漁師さんの名前にはじまり、どんな人物なのか、いつどんなことをしているかなどに向き合うことに集中しました。集中というか、まぁ、好きなんですね、彼らが。もはやいまは非通知の電話でも声で誰 かわかります(笑)。漁師さんの相談に乗るのも大事な仕事なんです。

そうこうしているうちに段々とニーズがわかるようになってきたので、いまはそれに応えられる種苗を安定的に作る技術を開発しています。あと僕は、地元のみなさんの技術が自然にレベルアップするようなことをやりたいんですよね。かつての日本では技術は自分で学ぶものという風潮があって、例えば九州に詳しい人がいるらしいと聞けば教わりに行くのだけれど、そのとき専門家の言葉が理解できないことがあるからという理由で研究者を連れて行った。モチベーションは漁師側にありました。それがいつしか、新しい技術は行政や企業が持ってくるというような傾向になっているのですが、自ら開発する意気込みとか、自由に試せる雰囲気とかを取り戻したい。親に聞いて、自分でも調べてみて、体感と刷り合わせて、ニーズを見込んで新しい漁法を作るとか、何か生産するとか、適宜タッグやコラボを組んだりとか、実験したらいいと思うんです。もちろん結果が思うように行かなかったり、収入が不安定になってしまったりというリスクもあるのですが、それでも新しいことに挑戦できる基盤を作りたいという気持ちが芽生えるようになりました。

令和2年に、坂手町から小浜町に移設された鳥羽市水産研究所

養殖の可能性を広げ、新しいフィールドの研究も

黒のりの養殖はバージョンアップしたいですね。使える情報を蓄積してやり方を伝えていきたいです。いまは漁業者が減って、地域だけで労働力が賄えなくなっても、漁村としては存在したいというときには新規参入者がやるかもしれないという時代です。ただ特殊な船や機械を用意するには億単位の資金が必要になってしまうし、作業を分担できる人員を確保するのも難しい。だから小さい船一艘があればととおりのフローが理解できるような、新品目の海藻養殖方法を確立して、スタートアップのサポートもしたいと考えています。

ひじきの研究もしています。ひじきは干出せずに養殖すると付着海藻などが体表に多く付着し、さらに浮き袋(気胞)が多くなります。原因は不明ですが、天然の定期的に干出を経験しているひじきではそういうことにならないので、干出が商材としてのひじきのクオリティに影響していることは間違いなさそうです。あかもくは基本的には養殖を主力にしようと考えてはいませんが、地域によっては養殖が向いている場合もありそうだな、と考えています。ひじきは協力者とは養殖試験を続けていきますが、研究所単独では増殖といって、天然のひじき場を保護したり、増やしたりする方向の研究に舵を切っています。

資源管理には、多様な立場の人が関心を持つことが必須

鳥羽で海面で行っている養殖は、のり、わかめ、牡蠣があります。のり、わかめは基本的には海に負担をかけませんが、それらを食べにくる魚の行動に影響は与えています。牡蠣養殖は現行の方法ではかなり海底環境に負荷をかけています。また、鳥羽ではほとんどやっていませんが、魚類の養殖も海に大きな負荷をかけます。この状況を生産者だけで変えるのは難しいと思います。集落ぐるみというかその入江や湾を使っている人たちの総合力でするべきで、とはいえ合意形成することも難しい。鳥羽市や三重県がどう働きかけているのか、働きかけていないのかさえも僕にはわからないのですが、少なくとも新規に始める養殖は、沿岸生態系や環境保護、資源の乱獲につながらない生産計画を視野に入れるべきです。

僕が海に潜って状態を観察している「モニタリング」はこの話と関連していますが、いまのところは水産業に組み込まれていないように感じています。わかりやすい一例は、「海藻の森がなくなっている」という状況に対して「カジメやアラメの植林をする」「ウニの駆除をする」というものです。どこの海藻がいつからどのように減ったか、どのウニがどんなふうにどれくらい増えたのか、ほかに増減している動植物はいないか、周辺の陸地の状況はどうか、などがモニタリングでわかることが多いです。それらの結果から「ウニを減らしてみよう」だとか、「少しこの海藻を植林、増殖する試験をしてみよう」だとか、「よくわからないから、要観察で、実際には植林や駆除をしないでおこう」という行動選択ができるのです。

それが資源管理だと思いますが、実際にはそうはなっていません。養殖計画や漁獲はもっと広範な影響や思わくを視野に入れなければいけないので、このモニタリングというものにもっと強く発言していかないといけません。にもかかわらず、あまり関心がないように見えます。少なくとも積極的に関わってはいません。問屋さんや観光業界、それらに融資をしている金融、移動手段の要で海に影響も与えている船舶関連、エンジン関係の会社、また学校など陸上の業界の人々とはさらに距離があります。その現状を指して僕は「関心がない」と感じているわけです。それらの人々が「その方法でいいの?」「なにかもっとためになる経済的行動様式はないの?」など多面的な意見を沿岸に注ぎ始めれば、観光客だけでなく、一般の人にもある程度そういう、他業界では当たり前の「サーベイ、リサーチ、プランニング」みたいなことが根付くんじゃないかなと。それが海という天然環境と人を含む生き物の暮らしを大切にするということではないかと僕は思います。

海洋教育は、自分のものの見方を知ること

2年前に鳥羽市の教育委員会から、幼児から小中学生くらいの子どもたちを対象に、海洋教育をしようという指針が打ち出されました。コロナでストップしてしまっていますが、海を通してものの見方を養うことをしていきたいと思っています。地域柄、海を題材にはしますが、例えば海のない都会で暮らすことになったとしても、ここで養ったものの見方は活きるはずです。必ずしも生物学的に理解しなくてもいいので、体感的に、直感的に、あるいは文学的に芸術的に宗教的にと、どんなふうにキャッチしてもいい。無理やり質問をひねり出さなくてもいいし、ノートに書かなくてもいいし、何かの物事にしなくてもいい。自然を相手に、自分のものの見方や考え方、感じ方の癖を理解することは、必ず生きていく助けになります。僕が勝手に崇拝して特別扱いしている海藻の「カジメ」も、ただ水に揺られているだけで、当然むこうは何も思ってない。でもそんなふうに自分だけのやり方で物事を見ていくと、世界の素晴らしさや豊かさに気付くと思います。それが海洋教育だと思います。

海藻の世界はほんとうに面白い

最後にですが海藻の魅力は、美しさ、かっこよさです。ヒジキよりも少し浅いところに生えるコメノリという海藻があるんです。あまり知られていないのだけれど、プリプリしてて可愛く美しいこのコメノリは、海水の栄養塩濃度を反映してか、場所によって紫や深い紅色、黄色や緑とさまざまに変色します。その中でも僕が好きなコメノリはやや栄養が足りていないのか、透き通るようなオリーブグリーンになっていて、見とれます(笑)。ツノマタも好きで名刺にも印刷しています。昔見た、友達のお母さんが履いてたパンストみたいな悩ましさが‥(笑)。黒のりも魅力的です。企業も研究者も養殖しているのに、50年手がけても毎年1年生みたいなところがあって、生き物としての取り扱いが難しいです。とても原始的で昔から食べられているのに、掴みどころのない不思議な海藻です。人間とうまく付き合っているような、いないような、ツンとした佇まいに惚れますね(笑)。常に興味は生命の進化にあるので、今後は海藻の進化にも言及していきたいと思っています。

2022/02/05

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